2011年4 月のアーカイブ

心のケア

2011.04.29

 

心の臨床家たちの記録からは

一見穏やかには見えて

壮絶な格闘があることを

垣間見ることができます。

 

こころの問題の解決は

本当に容易なことではありません。

 

わたくしは

求められれば

いつでも

気楽に

相談には乗っていますが

 

自分自身の力では

心のケアまでは及ばないことと思っています。

 

せいぜい

はらはらしながら

心配して見守らせていただくだけです。

精神的健康

2011.04.28

 

精神的健康という言葉に出会ったのは

学生時代に発刊された東大出版会の心理学の叢書の

一冊の書名からでした。

 

相談を受ける身

ましてや教える身であれば

その人自身が精神が健全であることは必要な基本的なことだと思います。

資格学校の講師時代に感じたことでした。

 

最近、再び、痛切に感じていることです。

 

社会的にも

道徳的にも

精神的にも

常識的で

健全・健康を社会の基本に据える

だれもがそんなである社会を築き

共に生き

暮らしたいものです。

同病相憐れむ

2011.04.27

 

心筋梗塞を起こし

大動脈瘤をもち

いまや切り時の人

しかも

主治医の先生も同じ

ひょんなことで知り合いました。

 

わたくしは

手術を一つ終え

もう一つの右腎にあるのを残しています。

 

手術に使った

ポリエステルでできた人工の血管を見せたら

余計なお節介と怒られました。

 

同病相憐れむ関係から遠くなったのでした。

 

さて、今年はどうなるのでしょう。

手術ということになるのでしょうか。

それとも最悪の・・・・・・・・・・。

いたわりの言葉?

2011.04.26

 

妻と娘と孫たちが

スーパーで

呼び止められて

わたくしが

相変わらず見返りのない世話を一生懸命懲りずにしていると

そこで時々見かける女性から

たんと注意を受けたと話してくれました。

 

わたくしは

たまたま

一生懸命しているというよりは

求められるままに相談を受けて

しているだけのことなのですが。

 

かしこまって

そう言われてみれば

そういうことになっても

間違いではないかもしれません。

 

物事を

損得で考えるか

敵味方で考えるか

遣り甲斐や生き甲斐で考えるか

いろいろ考え方はありましょうが

 

人は

打算だけで

生きるものではないことも事実です。

 

小学校の4年か5年のときに

音羽のカトリック教会の神父さまから聞いた

「人はパンのみに生きるにあらず」のことばが

いまも耳に響きます。

 

わたくしが

そんな人にあたるかどうかはわかりませんが

わたくしが

知るだけでも

わたくし以上に

身を削り

人のために働く

そんな意味で

わたくしが尊敬できる人は

そうでない人のほうが多い社会であるのは事実ですが

また

そういうふりをしている人が多い社会であることも事実ですが

 

あっつちにも

こっちにも

老若問わず

貧富を問わず

 

見返りを求めず

献身的な働きや世話をしている人は

ごまんといらっしゃいます。

全体的な利益

2011.04.23

 

法律の判断に利益考量

 

いわば

Aの主張とBの主張を

天秤にかけて判断するという考えです。

 

弁護士さんの徽章の天秤がそれをあらわしています。

 

わたくしは

政治には

AとかBとか

ある側の利益ではなく

全体の利益を考量することが

本当の政治のありかただと信じています。

 

投票行動にもそんな考えを生かすべきだと思います。

教育の場に

個性の尊重が取り上げられ

一方で

自己決定

自己責任が

21世紀の社会に先行して

教育のキーワードとしてもてはやされました。

 

 

 

そして

失業が自己責任で

フリーターが自己決定となる今があるのです。

 

競争原理や自己責任を

だれが21世紀のキーワードに選んだのでしょうか。

 

ゆとり教育が否定されても

自己決定や自己責任論は否定されません。

棄民せよというのであったのでしょうか。

 

この土地にある日本人という人間の質が問われていると痛切に思います。

物心両面で

しかも

結果だけが求められているのです。

それは自己決定や自己責任論では解決がつかない

実は対極にある問題なのです。

そして、人間の問題のすべてが

そうであるといっても

過言ではないのでは。