2010年11 月のアーカイブ

高校に入学してすぐに

その学園の中学生も高校生も参加する憲法講話という集会がありました。

その翌年も、その次の年も行われたので、恒例の行事のようでした。

 

自衛隊は戦力にあたるから憲法違反だというのがその集会の趣旨でした。

 

質問や意見の時間があったので

わたくしは

挙手をして

戦力のない国家というのが

世界中のどこに存在しているのだろうかという質問を投げかけました。

そして、さらに、戦力を持たない国家があり得るのかと質問を重ねました。

 

わたくしは

憲法9条2項の

戦力を保持しない

国の交戦権を認めないという

一方的な宣言の形での文言に

疑問をもちつづけていたからです。

 

人間だけがその社会を滅亡させるという

「生物社会の論理」や

人間の狂気を描いた

「夜と霧」

 

憲法9条は

平和宣言の意味はあっても

人間の現実に沿う

合理性がある条項とは思えません。

 

平和を維持すること

人間の尊厳を保つこと

その難しさこそ

人間の歴史から学ぶべきです。

 

わたくしは

その質問で

その高校でも

変人・奇人といわれるようになりました。

国語だけが弱くてとか

英語だけが弱くてとかいって

特定の教科だけの強化策について

相談を受けることがあるのですが

得意な科目と不得意な科目とには

きわめて微妙な差でしかなくて

どの教科も一様に弱いといったほうがよい場合が多いものです。

 

塾でも学校でも評価方法がどんどん進み

分かっているような分かっていないようなところで

差があるような差がないような意味がないところまで

点数や順位、偏差値など

出るものすべて出すように

機械的な処理がされていきます。

 

どんなに欠陥の多いものでも

点数がつけられるテストさえ行えば

算出される数値と詳しい資料の提供ができます。

そんなテストの結果に親も教師も一喜一憂しています。

 

そして

偏差値という数値だけで

学校の順位がつけられ

機械的に

合格したうちの

少しでも高いところに

入学していきます。

 

限られた時間に追われ

終わらせるべき範囲に追われて

妥当とも思われないテストの結果だけが残されているのです。

 

得意教科と称するものが

いかにいい加減な理解で終えているのかを自覚させることで

わたくしは

まず得意科目の勉強法を見直させてきました。

 

得意科目を本物にすることで

全体のレベルアップをはかるアドバイスをしています。

 

それにしても

狙いも曖昧なままに

業者の問題集をそのままコピーした

宿題をわんさと出されて

 

親も子どもも

どこか間違っている指導法だなと疑問を感じながらも

反発しないで

真面目に取り組む

そんな素直な生徒に支えられる

しょうもない学校や塾が本当に多いもの。

 

それが実感です。

よく相談を

受けることです。

 

昼キャバ通いや

パチンコ狂い

なかなかやまらないものです。

 

寂しいからか

当の本人からも

電話がよくかかってきます。

 

わかっちゃいるけどやめられないというところでしょう。

 

いつも付き合う人がいれば収まるのかなあと思います。

 

実際、家族が向き合うようになると解消します。