2010年9 月のアーカイブ

ボランティア

2010.09.18

 

ある喫茶店での話

 

ボランティアに行って

その場の責任者に注意されたから

その瞬間にやめてきたというのです。

 

この御仁

ただ働きなのに注意をするとはと

おかんむりのようす。

この人ボランティアの意味がわかっていない。

 

わたくし

本当は

業としてする行政書士であって

ボランティアの行政書士ではもちろんありません。

先日、余命数ヶ月のお母さんがお子さんに、

治療の合間に、思い出を遺そうと奮闘されている

ルポのテレビ番組を見ました。

 

数年入退院を繰り返し、小学校の一年生の初夏に亡くなった母の思い出と、重ね合わせて

わたくしはたまらない気持ちで見てしまいました。

 

今でも、喪主として、わらじを履き、火葬場まで歩いたことを

足の痛みとともに思い出します。

当時のわたくしを知るひととは

そのことが決まって話題となります。

 

何といっても

母は無理強いせず

本を読む楽しさを教えてくれました。

わたくしは

いつも本をもって生活していました。

 

いつも本を片手に電車に乗って見舞いに行くわたくしに

わたくしの境遇を知った駅員さんはみんな親切で

いろいろ心配りをしていただきました。

「なにを読んでいるの」とか

「今日は、お母さん、どうだった」とか。

 

わたくしは

中学生になっても

夢に見る母の姿は・・・・・・・・・・と短歌にしていました。

 

お母さんが亡くなったことが受け止められない

お子さんのお話をよく聞きます。

お父さんの復活を

毎日祈っているお子さんの例もお聞きします。

 

離婚によってお父さん、お母さんを失ったお子さんはたくさんいます。

 

わたくしは

今まで

離婚協議書の作成の依頼を断ってきました。

 

あどけなく遊ぶ子を目の前にして

子どものことを考えなさい

もう一度考え直しなさい

何度も言い続けてきました。

 

しかし

子どものための離婚協議書作成のご依頼なら

喜んでお受けします。

DOCTOR SHOPPING

2010.09.17

 

このご時世

どの医者も

どの病院も同じではありません。

難病であれば

あちこち病院をめぐって

納得する医者に巡り合えれば幸せ者です。

わたくしがいた病院には、京都、静岡、岐阜あたりは当たり前でした。

 

信頼できる弁護士探し

あたりまえのこととして許されるべきです。

女子高生が

始業時間のチャイムに合わせて

生徒指導担当教師によって閉じられた

移動式の校門の鉄柵に挟まれて

死亡したことがありました。

 

ある席で

その事件が

話題として取り上げられ

社会のルールを守らせる教育を

それ以後

学校に失わせた事件になったというのです。

 

わたくしは

始業に遅れまいと

必死で門前まで走り

がんばる生徒を見ていて

教師が平気で閉めるとはなあと

思わず反論してしまいました。

 

教育をだめにしたのは

明らかに

人間として欠かせない

ヒューマンなる資質を

教師が失ったことです。

 

人間性は

戦争のときだけが異常になるというものでもありません。

 

社会が成立するために

欠かせない「連帯感」を失ったときなのです。

 

その瞬間にも

教師は

ヒューマスティックなもの失っていました。

 

そんな社会やそんな教師に

連帯感が基礎にあって初めて成り立つ

ルールの教育なぞできるわけがありません。

「一度つくった公正証書による離婚協議書を作り直せことができますか?」

電話の第一声がこの質問でした。

 

「当事者双方が合意のうえだったら作り直すことはできるよ。」

「私的自治の原則とか、契約自由の原則といって民法の大原則なんだよ。」などと

あれこれ例を挙げて説明しました。

 

彼は

「公証人の先生が、行政書士の先生が、とにかく専門家の人がだめだっと言った」と

相当混乱していました。

 

わたくしは

「行政書士のなかしまという人に聞いたら

『双方が合意のうえならできる』と言っていた」と

言ってごらんなさいと言って安心させました。

 

ちょうど一週間後

「今日、前のものを破棄して、新しい公正証書ができました。」

「先生のおかげで、自分が納得した条件で、離婚できた」というお礼の電話がありました。

 

あのとき

自分の不利益ばかり心配する彼が

定型的な離婚協議書にある事情変更の条項は

お子さんのことも

あなたのことも

相手のことも

すべてを慮るために

必要な文言なのだ。

衡平性といって 

人間として大事なんだから

この文言があるのだよ。

執行認諾文つきの離婚協議書は

お子さんを守る約束なんだ。

 

そんな

わたくしの忠告を

素直に聞きいれてくれました。

 

自分の養育費を減らすことばかりでなく

事情によっては

養育費を上げる場合もあるのだという 

相手を思いやる

そんな歩み寄りを示したから

公正証書の作り直しができたのではないか。

 

お礼を

何度も何度も繰り返し言う

妙に晴れやかで元気な彼の声を聞きながら思ったのでした。

読み聞かせ

2010.09.09

 

最近読み聞かせを

自己流でするようになりました。

相談のお子さんも

膝の上に乗って

太めのおなかを触りながら

喜んで聞いてくれるので

得意になってしています。

 

今日は

老舗の良書販売会社

ホルプの

こども図書館のカタログをいただきました。

未来からの教育

2010.09.09

 

TOじゃなくてFROM

未来への教育ではなく

未来からの

「からの」というのが

この本の生命だったのでしょうが

ドイツの哲学の影響をうけた真摯な教育学者を

どこかわたくしは評価できませんでした。

あるべき未来からあるべき教育のありかたを考察してと言う意味でしょうが

 未来は

現在の人々や動物や自然のすべてに委ねられているものです。

未来をつくるのは今の営みからあるのです。

現在からの視点でしか教育の姿はありえません。

教育は観念的である以上に

具体的現実的日常的なものなのです。

費用と報酬

2010.09.03

 

過払い請求に対しての報酬が問題にされています。

それはそれでとんでもない話がいっぱいです。

そのせいか

弁護士さんや司法書士さんの別の仕事までにお金をたくさん取られたという話を聞くようになりました。

しかし

費用と報酬が区別されないで

請求された総額だけを問題にして

取られた取られたといっている場合もあります。

 

たとえば土地の売買取引では

課税額の1000分の20にあたる登録免許税が

所有権移転登記には必要です。

一千万の土地であれば二十万の費用が登記には必要なのです。

この二十万円は

あくまで登記をするだけに必要な登録免許税という費用であって

別途かかる税金とは全くの別物です。

 

この登録免許税に、

その他の諸費用を足し

請求額からそれらを引いた額が

その司法書士の先生の報酬です。

領収書の明細を見れば明らかかと思います。

 

離婚をして氏名を変更したり 

合筆したりするような

登録免許税の安い

真逆の場合も含めて

ホントに誤解の多いのが士業の先生の報酬です。

 

そんな話の中で

どうこう言うなら

あなた自身がされればいい

あなた自身でもできますよというお話をすると

ビックリ

ビックラなのです。

 

キャバクラなどで遊ぶお金は惜しくなくても

士業者に払うお金は惜しいものです。

一発合格だけが

2010.09.02

 

公立学校の教員採用試験も

私立学校の教員採用の適性検査も終わりました。

ここまででも

一次試験の結果で明暗が分かれています。

 

一次試験に複数の都道府県に受かる人もあるいっぽう

すべてに不合格で捲土重来を期す人もあるのです。

 

一発合格は

だれもができればしたいことに間違いないのですが

試験の合格とその適性はまた別物です。

非常勤講師などを経験し、適性を見きわめるのも方法です。

リカレント教育といってよいでしょう。

 

資格試験の世界でも

AランクBランクなどと難易や受験回数を問題にしがちです。

そんなことよりも

その後に

その資格を生かしてどう生きるかがすべてなのです。

遺言ブーム

2010.09.02

 

本屋さんにいくと

遺言書作成のマニュアル本が

豪華本からシンプルなものまで

様々おかれています。

遺言書を残そうという動機は様々ですが

法律的な意味での遺言を残そうというのはもちろん

そういう意味の遺言だけでなく

お子さんやお孫さんへの

いわば遺書めいた役割期待も

遺言ブームにはあるようです。

以前に

夫婦連名の共同の遺言というのは無効なものですと紹介しましたが

夫婦連名の両親の遺書なんていうものはあっていいのかも知れません。

最期の一句を遺しておきたい方は結構いるのだなあと感心します。

何度も死の淵に際した

わたくしは

あとのことは

すべてを任せて

生きている間は

これ以上は他人に迷惑をかけず

ひっそりとこの世から

消えいるように

・・・・したいという願いです。

さあて、今後のわたくし

どうなるのでしょう。