2010年3 月のアーカイブ

個性の重視、多様性の尊重という至極もっともな教育を標榜する裏で

自己責任、自己決定の重視と称して、

すべての責任を本人に押しつける原則や

多様性と称する差別化があったことを

覚えていますか。

一方で、世界にひとつしかない花ともてはやしておいて

その世界にひとつしかない花がこころなく摘み取られてしまっても

それは、自己責任の原則の帰結だというのです。

弱い多くの人間を

強い少数者が

自己責任という名文のもとに

競争社会の敗者

あるいは、怠惰からだと

一方的に決めつけて

社会から埋没させてしまう

ある場合には

社会から抹殺さえしてしまう

新しい差別社会の構築の意図が見えてしまいます。

あるべき人間の種としての共通項をこそ

連帯を育むことこそ

教育にもっとも必要なことと思いませんか。

一億総中流化 

2010.03.24

 

大宅壮一氏の言葉に

一億総白痴化とならんで

一億総中流化というのもあったように覚えます。

みんなが同じように中流生活を望む社会がありました。

今は、上昇志向をしても実現することが難しく

下降していくことを余儀なくされる人が増えてきました。

しかし、その様子を、あたかも、下降して生きることを

主体的・選択的にかれら自身が行動しているように捉えて

問題の本質をすりかえようとする時代がきています。

それは、決して今になって問題にされるべきことではありません。

一億総中流化といわれた当時から

問題なことは

平等に中流であることを

よしとしないでいたことです。

選良は少数でいたいわけ、いいわけです。

普通の生活

2010.03.17

 

わたくしは

現役教師のときは

要領が悪く

朝から夜中まで学校にいました。

人生はすべて要領だと、仕事を他人にやらせ 

酒やマージャン、パチンコ、それにゴルフなど遊びにうつつを抜かしている人ほど

自分ではやったこともない、やれそうもない、極端なこと、えらそうなこと、を言うものです。

眠る以外は勉強せよなどと。

わたくしは

小人と思われようとも言われようとも

仕事も勉強も遊びも本来ほどほどがイチバンいいのだと思っています。

 

死に物狂いでないと合格できない試験や資格があるにはあるようですが

わたくしはここ数年

縁があって

教員採用試験や資格試験などで

何年も夢を捨てないでこつこつ努力している人を応援してきました。

 

普通の生活を失わないこと

休みも趣味も仕事も家族サービスもそして勉強もみんながんばれ

自分ではそのようにアドバイスしてきました。

 

尋常ではない生活を送ることで合格への扉が開かれるとも言えるでしょうが

普通の生活を送る中に合格するエキスがつまっているとも言えると思うのです。

まず、尋常であることが何をするにも基本です。

 

春になると、進学や就職の報告をいただきます。

決して恵まれているとは言えない環境でも

長い間、飽くことなく、こつこつと努力を続けたからの成果なのです。

子育ての学習

2010.03.10

 

月に数回だけ

子どもと接する機会があります。

送り迎えをする親御さんから

また、勤務の行き帰りの途中で出会う親御さんからも

子育ての相談を受けることも度々あります。

その度に、わたくしの子育ての失敗談も引き合いに出して

親子の関係の中での教育の大切さを確認し合います。

子育ての能力は、親が先天的に持つ能力ではありません。

子育ての能力は、学習によって初めて得られる後天的な能力です。

虐待の問題が話題にされる度に

親子関係という教育の基礎的な単位、基本的な基盤からの

教育の見直しの必要性に思いを寄せるのです。

そんななかで、先生とこうやって話すだけで気分が晴れたなんていうことばを聞いてとりあえずよかったかなと思うようにしています。

十進法

2010.03.09

 

算数の最初のつまずきは

8+5  6+7 とか

13-8 11-4 といった

位が上がったり、下がったりする計算の問題です。

十進法の理解の問題です。

この問題については

よく親御さんに相談され

教え方を伝授することがあります。

そんなとき

「お母さんの教え方がいちばんわかりやすい」といった

お子さんから

そんなことばを直接聞いて

家庭の教育

親の教育の

大切さ、すばらしさを改めて感じさせます。

教育の原点は「親子」にあるのだと毎回確認するのです。

識字

2010.03.08

 

わたくしは3歳までには

かなと少し漢字が読めるようになり

毎日、本を手にしていました。

それが結構話題になって

病弱だったせいもあって

歯医者さんやお医者さんのところなどで、よくつかまり、本当かどうかテストされました。

ひらがなもかたかなも表音文字というだけでなく

ひとつのかなはひとつの音節を表すという

発音のうえでも表記のうえでも

わかりやすく覚えやすい特徴があります。

同じ表音文字のアルファベトと大きく違います。

かなは覚えればすぐにことばを表記できますが

アルファベットはすぐにはことばを表記できません。

わたくしは、まず数字に興味を覚え

数字から文字の機能を知りました。

生活や遊びの中で、わたくしは、楽しく自然に字を覚えました。

そこに、小学1年生で亡くなった母の助けがあったことは、間違いありません。

人次第

2010.03.08

 

わたくしの親族の相続問題で

相続人全員一致して内縁者に贈与するという案件がありました。

贈与側の相続人たちに金銭的な負担がなければ、

無償で贈与してあげようと意見が一致して

縁者の依頼を承諾しました。

ところが、

受贈者である被相続人の縁者が

司法書士の先生から、報酬、登記費用、税金など経費がかかると説明されると

なぜか、尻込みされてしまいました。

それで、10年とはいかなくても、それに近い心理的期間が経過してしまいした。

相続人たちは、

相続財産は、「どのようにも自由に処分していいのだよ」という

善意さえも通じないのかと

何度か落胆し、

また、腹立たしい思いを味わって、何度か集まっていたのでした。

相続人は、わたくしの推薦する司法書士大崎晴由先生にすべてをお願いしました。

長い間、辛抱強く、おつきあいをいただいて

やっと、最近、相続人がお願いしたことはすべて完了しました。

今回も

解決できるか否かは、人次第ということを

学ばさせていただきました。

大崎先生は、わたくしや親族の相続人の善人ぶりに感心されていました。

しかし、わたくしたち以上に、

いまだ、報酬を一銭も得ていない大崎先生こそ

「稀有な善人」です。

無償の行為、無欲の行為、献身的な行為は人を説得させるものです。

大崎先生に感謝を込めて書かせていただきました。

解答力

2010.03.08

 

TVのCMに解答力ということばがでてきます。

わたくしも就職予備校の講師をしていたとき

解答力ということばと同じ意味で

答案作成力ということばを使っていました。

いわば、安岡章太郎の「宿題」のように

田舎から転校した少年が

初めての夏休みの宿題をやらずになにげに済んでしまうことは

世の中には、なかなかありません。

(まさに、その少年がわたくしでした。)

世の中の現実は

また、宿題を出せばそれで終われるというものでもありません。

設問の解答にはならないことを

長編の力作にして答えたとしても

何回も提出を繰り返したとしても

まず採点される条件にをクリアし

次に合格する条件を超えた

解答をしなければ合格できません。

世の中は持ちつ持たれつ

そうした過去?(今もかも?)の

時代の常識の弊害だけが

あちらにも

こちらにも

遺されているように思います

そして,また,いっぽうで

宿題を出さない少年が

生き残れる社会で

なくなってしまったことも

とても、かなしく

残念な

住みにくい世の中になったものだと思いませんか。

小学生や幼児が英語教室に通うのが当たり前になっています。

白人の英語教師が人気です。

ネイティブの家庭教師がいると自慢する子どももいます。

中学校で英語を教えた経験がわたくしにありますが

幼児期からあれだけ時間をかけて倣った英語なのになんだったんだという感想を聞くことがたびたびでした。

日本語の学習と英語学習とが干渉をし合うなどというレベルの問題でなく

ただの遊びにもならなかったという意味でです。

国際コースなる学科を設置した高校を耳にしますが、その成果はいかがなものでしょう。

30年も前にインターナショナルスクールで教えたことのあるわたくしの体験から

現状を観察するとそのこと以前にやるべきことがたくさんあって

英語の早教育にも懐疑的・否定的な意見をもたざるをえません。

 

小学校に英語教育が本当に必要だとお思いですか。

特上カバチ

2010.03.07

 

特上カバチの原作者田島隆先生の講演が

LECの名古屋校でありました。

わたくしは、「カバチタレ」に感動して

行政書士の勉強を始めた看護婦さんの影響で法律の勉強を始めた経緯があります。

いわば、わたくしの先生の先生!

実物は気負いのない飾り気のない

純粋な青年をそのまま残した中年男性でした。

先生の半生を顧みるようなお話でしたが

そこには人情味が溢れていて

参加してよかったと

思える時間が過ぎていました。

隠し味のある講演会でした。