学び

 GIVE UP

2016.10.10

 

昨日、病み上がりながら、折角のご招待だからと、失くすのではのではという強迫観念に捉われてか、補水液のペットボトルと寸志袋を後生大事に携えての、同窓会の出席に続いて、今日は、受験票と宅建主任者証に、補水液のペットボトルを携えて、TACの司法書士講座の奨学生試験を受けました。

3時間余りも椅子に座るうえに、そのうち2時間の頭脳を集中させることには、堪えられませんでした。集中力が途切れ、問題文が読めません。

70歳まで待ったことが悔やまれてなりません。妻の言う通りだ、もう自分には無理だ、と実感しました。一方では、ここまではやれるという自信が生まれはしたのです。

楽 学

2011.11.07

 

いろんな形でお世話になった

住宅新報社の資格の本のシリーズに

楽学シリーズというのがあります。

楽しく学び

楽して受かろうと

いうわけです。

なかなか味のあるネーミングだと思います。

今でもですが

資格学校にいるときから

こんな導き手を目指しています。

楽しく学ぶだけでなく

何にでも楽しく挑戦し

楽しく生きたいものです。

国語だけが弱くてとか

英語だけが弱くてとかいって

特定の教科だけの強化策について

相談を受けることがあるのですが

得意な科目と不得意な科目とには

きわめて微妙な差でしかなくて

どの教科も一様に弱いといったほうがよい場合が多いものです。

 

塾でも学校でも評価方法がどんどん進み

分かっているような分かっていないようなところで

差があるような差がないような意味がないところまで

点数や順位、偏差値など

出るものすべて出すように

機械的な処理がされていきます。

 

どんなに欠陥の多いものでも

点数がつけられるテストさえ行えば

算出される数値と詳しい資料の提供ができます。

そんなテストの結果に親も教師も一喜一憂しています。

 

そして

偏差値という数値だけで

学校の順位がつけられ

機械的に

合格したうちの

少しでも高いところに

入学していきます。

 

限られた時間に追われ

終わらせるべき範囲に追われて

妥当とも思われないテストの結果だけが残されているのです。

 

得意教科と称するものが

いかにいい加減な理解で終えているのかを自覚させることで

わたくしは

まず得意科目の勉強法を見直させてきました。

 

得意科目を本物にすることで

全体のレベルアップをはかるアドバイスをしています。

 

それにしても

狙いも曖昧なままに

業者の問題集をそのままコピーした

宿題をわんさと出されて

 

親も子どもも

どこか間違っている指導法だなと疑問を感じながらも

反発しないで

真面目に取り組む

そんな素直な生徒に支えられる

しょうもない学校や塾が本当に多いもの。

 

それが実感です。

即時性

2010.09.01

 

事務所移転した司法書士の先生から

移転の案内の文章に窮したので

元国語教師のわたくしに

添削してくれとの依頼がありました。

お祝いの気持ちと

閑なことも重なりましたので

即刻、返信メールを送りました。

感謝、感謝のお言葉が電話で返ってきました。

すぐその場で仕事をすることの価値の意義の一端を教えていただきました。

ツ と シ

2010.06.22

 

カタカナにも筆順がある。

1年生のすべてといっていいくらい

ツとシが区別されないのを知って

日本語教師時代のあれこれを

なつかしく思い出しました。

本来、物事に正解がないことのほうがふつうなのです。

 

法律の学問・研究においても正解は簡単に求められないようです。

しかし、法律の資格試験の択一試験には正解肢があります。

 

学校の勉強も

もはやこの択一試験の様相で

正解肢のない勉強がむしろ珍しくなりました。

 

答えをみて勉強する

喜々として取り組む人がいることに疑問をもちませんか

 

正解のないことのほうが多いこの世界なのに

正解を見つけることのほうが大切なこの世界なのに。

安上がりのテレビのクイズ番組が勉強や社会の縮図だともいうのですか。

 

正解のない勉強をみんなでしませんか。

正解を求めてみんなで努力を続けませんか。

他の資格はともかく

宅建については

テキストは本当に充実しています。

それでも民法の分野(権利関係)は

かってのわたくしのように

法律を学んだことのない人にはたいへんだと思います。

法学書院の 民法がわかった など 

初学者用のテキストを読んだみたらいかがでしょう。

理解が早いと思うのです。

公務員試験でも同様です。

民法だけでなく

憲法、行政法も。

急がば回れもアリです。

これらの試験の民法分野のテキストを開いたまま

ぼーっとして座っている光景を見かけて思うことです。

わたくし自身が

学習がはかどらず困っているのに

お節介なアドバイスです。

でも

今すぐ書店で購入し

そのときから読まれることをお薦めします。

大学院の博士課程に在籍しながら

高校の講師をしている受講生から

 

わたくしが

教育は本来

価値の共有を図ること

連帯感の育成にあるのだといったことを

講義中、ふともらし、えらく真剣に聞いているのに乗じて

熱弁をふるってしまったことがあります。

 

それを

本当に新鮮に感じたと

求めているものを得た感じだったと

飲み会の席で話してくれました。

 

共に考え

共に学び

共に生きる

それが教育なのです。

そして、社会のあるべき姿でもあります。

橋渡し

2010.05.19

 

高校入学後の

最初のテストが行われているころでしょうか。

例年、このあと、ちょくちょく相談があります。

多くは

英語と古文の文法の勉強についてです。

高校の勉強を考えると、しっかりと押さえたいところです。

理科も社会も科学的な考え方が要求されます。

ぜひ、クリアしたいところです。

数学は復習のようなところもあるのですが

数式の運用などは熟達したいものです。

中学と高校の橋渡しが

どうもうまくいっていない

いつも感じていることです。

地球儀と顕微鏡

2010.04.01

 

わたくしは

小さいころから

地球儀と顕微鏡が

ほしくてほしくてたまりませんでした。

読書は

岐阜の自由書房や大衆書房で立ち読みしたり

岐阜公園にあった県立図書館まで行ったりして十分に足りました。

地球儀と顕微鏡にはとても手が届きません。

地球儀は世界地図で代用しましたが

顕微鏡はなんとお医者さんから

中古品ではありましたが

本当に立派なものをいただきました。

また、自由書房か大衆書房かどちらかのご主人?には

立ち読みを咎められることもなく

逆に

読書好きをほめられて

わざわざ

近くの食堂にまで連れていっていただいて

生玉子をのせたカレーライスを

ご馳走していただきました。

そのときのお話

自由書房だか大衆書房だかのご主人?の

図書文化への情熱

子ども心にも伝わりました。

あれから50数年も過ぎて

あのときのご主人の

ご期待に応えられることができなかった

ただの老人に過ぎない自分を

食い逃げのようで

恥ずかしく思います。

3歳の孫が地球儀がほしいというのを電話で聞きました。

それを聞いて

そんな幼少年のころをなつかしく一気に思い出したのです。

地球儀と顕微鏡

広く遠い世界と微小な世界への関心

探究心と好奇心には欠かせないものです。

 

自由書房も大衆書房も

その名の通り

おおらかで

素敵に

心温かい

岐阜の

街の図書館でした。