家族関係・家族法

喜び

2016.09.20

 

曾てご相談を承った方々から、わざわざ、以後もうまく行っているとのお話をご相談者だけだなくご本人からもいただくことが続きました。通院時が多いのですが、何よりも薬になります。

旅立ち

2015.04.05

 

今年も、旅立ちを祝う食事会をささやかながら何組か開くことができました。

家内が金銭的協力をしてくれて行ってきたものですが、今年は自分の小遣いをこっそり貯めておきました。それを知って、家内はびっくりしていました。会場の支配人やウエイトレスさんたちとも顔見知りになっていて、わたくしにとっても、自身の新たな旅立ちの行事、年中行事となっております。

来る年も、そんな巣立ち、旅立ちを見守ることができるでしょうか。

話を聞く

2011.05.26

 

調停離婚が成立したと報告がありました。

わたくしは

常套文句の

「それはよかった。おめでとう。」と即座に応えていました。

彼女の明るい本当に前向きな言葉が続きます。

 

一年も前のことです。

遠隔地からの離婚相談でした。

弁護士に相談することをすすめたところ

 

弁護士に相談に行ったことがあるが

「あなたの苦しみは法律的には蚊に刺されたぐらいの痛みだ」と言われたとのことで

弁護士に対する不信感に陥っているという返事です。

 

わたくしは

夫婦生活の歴史をまとめる課題を与えました。

一週間も経たぬうちにA430枚にものぼる物語が添付フアイルで届きました。

 

彼女は

それから納得のいく弁護士さんに出会い

弁護士さんと相談しながら今回の調停離婚にこぎつけたのでした。

 

その弁護士さんのどこが良かったかと聞いたところ

どんな話でもよく聞いてくれたこと

ということでした。

 

すぐ血が昇りやすいわたくしには耳の痛い話です。

サツキ

2011.05.14

 

母はサツキというとおり5月生まれ

しかも5月に亡くなりました。

ちょうどわたくしひとりが病院は見舞に行った日のことでした。

 

小学校1年生のわたくしが喪主となり

母をおくりました。

 

それが珍しいことであったようで

そのことを覚えていただいている人が

たくさん今もおみえです。

 

母の生家は今も秋田にあるそうですが

母の鵜沼という

その姓は

岐阜県の鵜沼に由来するとのことです。

ゆかりの地が身近にあるものです。

ルーツを探る

2011.05.13

 

生母が東北の出身で

震災のこともあって

母のふるさとが気になりました。

 

母の生家が資料館になっていると聞いたことを思い出して

インターネットで検索していました。

聞いていた通りにありました。

 

姉たちはのぼりまで用意して歓迎を受けたそうですが

わたくしは

わたくしらしく

こっそりと尋ねようと思います。

そんなことを思うのは

年をとった証拠です。

よく相談を

受けることです。

 

昼キャバ通いや

パチンコ狂い

なかなかやまらないものです。

 

寂しいからか

当の本人からも

電話がよくかかってきます。

 

わかっちゃいるけどやめられないというところでしょう。

 

いつも付き合う人がいれば収まるのかなあと思います。

 

実際、家族が向き合うようになると解消します。

先日、余命数ヶ月のお母さんがお子さんに、

治療の合間に、思い出を遺そうと奮闘されている

ルポのテレビ番組を見ました。

 

数年入退院を繰り返し、小学校の一年生の初夏に亡くなった母の思い出と、重ね合わせて

わたくしはたまらない気持ちで見てしまいました。

 

今でも、喪主として、わらじを履き、火葬場まで歩いたことを

足の痛みとともに思い出します。

当時のわたくしを知るひととは

そのことが決まって話題となります。

 

何といっても

母は無理強いせず

本を読む楽しさを教えてくれました。

わたくしは

いつも本をもって生活していました。

 

いつも本を片手に電車に乗って見舞いに行くわたくしに

わたくしの境遇を知った駅員さんはみんな親切で

いろいろ心配りをしていただきました。

「なにを読んでいるの」とか

「今日は、お母さん、どうだった」とか。

 

わたくしは

中学生になっても

夢に見る母の姿は・・・・・・・・・・と短歌にしていました。

 

お母さんが亡くなったことが受け止められない

お子さんのお話をよく聞きます。

お父さんの復活を

毎日祈っているお子さんの例もお聞きします。

 

離婚によってお父さん、お母さんを失ったお子さんはたくさんいます。

 

わたくしは

今まで

離婚協議書の作成の依頼を断ってきました。

 

あどけなく遊ぶ子を目の前にして

子どものことを考えなさい

もう一度考え直しなさい

何度も言い続けてきました。

 

しかし

子どものための離婚協議書作成のご依頼なら

喜んでお受けします。

「一度つくった公正証書による離婚協議書を作り直せことができますか?」

電話の第一声がこの質問でした。

 

「当事者双方が合意のうえだったら作り直すことはできるよ。」

「私的自治の原則とか、契約自由の原則といって民法の大原則なんだよ。」などと

あれこれ例を挙げて説明しました。

 

彼は

「公証人の先生が、行政書士の先生が、とにかく専門家の人がだめだっと言った」と

相当混乱していました。

 

わたくしは

「行政書士のなかしまという人に聞いたら

『双方が合意のうえならできる』と言っていた」と

言ってごらんなさいと言って安心させました。

 

ちょうど一週間後

「今日、前のものを破棄して、新しい公正証書ができました。」

「先生のおかげで、自分が納得した条件で、離婚できた」というお礼の電話がありました。

 

あのとき

自分の不利益ばかり心配する彼が

定型的な離婚協議書にある事情変更の条項は

お子さんのことも

あなたのことも

相手のことも

すべてを慮るために

必要な文言なのだ。

衡平性といって 

人間として大事なんだから

この文言があるのだよ。

執行認諾文つきの離婚協議書は

お子さんを守る約束なんだ。

 

そんな

わたくしの忠告を

素直に聞きいれてくれました。

 

自分の養育費を減らすことばかりでなく

事情によっては

養育費を上げる場合もあるのだという 

相手を思いやる

そんな歩み寄りを示したから

公正証書の作り直しができたのではないか。

 

お礼を

何度も何度も繰り返し言う

妙に晴れやかで元気な彼の声を聞きながら思ったのでした。

遺言ブーム

2010.09.02

 

本屋さんにいくと

遺言書作成のマニュアル本が

豪華本からシンプルなものまで

様々おかれています。

遺言書を残そうという動機は様々ですが

法律的な意味での遺言を残そうというのはもちろん

そういう意味の遺言だけでなく

お子さんやお孫さんへの

いわば遺書めいた役割期待も

遺言ブームにはあるようです。

以前に

夫婦連名の共同の遺言というのは無効なものですと紹介しましたが

夫婦連名の両親の遺書なんていうものはあっていいのかも知れません。

最期の一句を遺しておきたい方は結構いるのだなあと感心します。

何度も死の淵に際した

わたくしは

あとのことは

すべてを任せて

生きている間は

これ以上は他人に迷惑をかけず

ひっそりとこの世から

消えいるように

・・・・したいという願いです。

さあて、今後のわたくし

どうなるのでしょう。

気持ちのうえでは

コロンビアでも

鹿児島でも

根室でも

木星へでも]

こちらから伺って

相談をお受けする気持ちだけはあるのですが。

なかなかままになりません。

 

お越しいただけるのであらば

喜んで

できることを

させていただきます、

どなたに対しても

精一杯させていただきます。